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東日本大震災後初めての「防災に関する世論調査」を読む(2)

2014.03.31

災害対策を「何もしていない」人は過去最低に

 災害に対する備えの代表例として、大地震に備えた対策の状況を見ていこう。今回調査の結果、「携帯ラジオ、懐中電灯、医薬品などを準備している」という回答が62.2%と最も高く、「食料や飲料水を準備している」46.6%、「家具・家電などを固定し、転倒・落下・移動を防止している」40.7%、「自宅建物もしくは家財を対象とした地震保険(地震被害を補償する共済を含む)に加入している」38.4%などの順だった。

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 この問いは過去の世論調査でも一貫して設けられており、一部選択肢等の異同はあるものの、国民の防災意識の推移を見るのに都合がよい。これまでの結果を示した表によると、阪神・淡路大震災発生後の平成7年9月調査で地震対策を講じる人が増えたことが分かる。防災意識の高まりは時間の経過とともに低下傾向を示したが、新潟県中越地震後の平成17年調査以降は再び上昇傾向に転じている。東日本大震災後の今回調査では、特に「食料や飲料水の備蓄」「家具の転倒防止対策」といった手が付けやすく、効果の高い対策の上昇率が大きくなっている。

 また、「何もしていない」と答えた人の割合は過去最低の10.8%にまで減っていることにも注目したい。東日本大震災後の国内において、平常時の地震対策はもはや「常識になった」と指摘しても過言ではない数字だ。

コストがかかる対策には課題も

 「耐震性のある家に住んでいる」という回答も初めて2割を超えた。上述したが、地震保険に加入している人も4割近い。家屋を耐震補強し、いざというときに備えて地震保険に加入しておく――。個人にできる備えとしては、ほぼ手を尽くしたと胸を張れる人が増えている。一方で、コストがかかる分、他の対策に比べてハードルが高いのも現実だ。

 耐震補強工事については、「実施するつもりはない」との回答が48.1%と半数近く、「1年以内に実施予定」「1年以内ではないが実施予定」「いずれ実施したい」を合わせた17.7%を大きく上回った。実施するつもりがない理由は、「お金がかかるから」を挙げた人が43.5%と最も高く、「必要性を実感できないから」22.8%、「集合住宅や借家などに住んでおり、自分だけでは判断できないから」20.9%などが続いた。地震保険に加入していない理由としても、「保険料が高いから」を理由に挙げる回答は29.0%と最多だった。

自助、公助、共助のバランスを重視する意識高まる

 「防災訓練に積極的に参加している」という回答はどうだろうか。確かに、過去に比べると上昇傾向が認められるものの、10.8%はいまだに低い数値だ。実際、これまで防災訓練に「参加したことがある」人は39.2%にとどまった。「参加したことはないが、見学したことはある」5.6%、「訓練が行われていることは知っていたが、参加したり見学したことはない」30.5%はまだしも、「訓練が行われていることを知らなかった」が23.9%にのぼるのは問題だ。しかもこの層の人たちは、前回平成14年9月調査の18.8%から増えており、大都市に住む20、30歳代で高い傾向があった。防災訓練の実施主体にとっては、訓練の意義や具体的な開催状況等について、継続的に、幅広い世代に対して「知らせる」努力が求められる結果となった。

 災害発生時の被害軽減に必要な自助、公助、共助に関する意識も探っている。国や地方公共団体による「公助」、地域住民やボランティア、企業などの連携による「共助」、自分の身を自分で守る「自助」の3者のあり方についてだ。「公助に重点」という回答は8.3%、「共助に重点」は10.6%、「自助に重点」が21.7%、「公助、共助、自助のバランスが取れた対応」は56.3%だった。前回調査と比べると、「共助に重点」という回答は14.0%から低下した一方、「自助に重点」は18.6%から微増、「公助、共助、自助のバランスが取れた対応をすべきである」は37.4%から20ポイント近くも増加した。東日本大震災の圧倒的な津波被害を目の当たりにして、多くの国民は、いずれかひとつの「助」だけで大規模災害に立ち向かうことの困難さを痛感したのだろう。

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災害記憶の風化を乗り越え、防災意識を高く保つ

 東日本大震災後の国内で、平常時の地震対策はもはや常識になったと書いた。多分に願望を含んだ甘い受け止め方といぶかる向きもあるだろう。その憂慮には十分な理由がある。大規模災害が起こるたび、国民の災害への関心は高まり、防災意識も高まった。しかし、過去の世論調査の結果を通観して分かるように、時間が経過すればこうした関心は薄れていった。

 防災に限らず、そもそも人の意識や関心の度合いというものは永続しにくい。だから、こうした現象はいわば自然なことだ。それでもなお、災害や戦争のような社会にとって重大な体験記憶の忘却は「風化」と呼ばれ、ことあるごとに「忘れてはならない」と戒められる。

 東日本大震災から3年が経った。あれほど衝撃的な災害でありながら、やはり3年の歳月は人々の意識を風化させていると心配する声がある。私たちの防災意識が高まったのだとすれば、それは何度も繰り返された尊い犠牲のうえにあることを忘れてはならないだろう。「記念日」の意味は、おそらくそこにある。