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    <title>401)役に立つ地域防災計画の作り方｜コラム</title>
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    <updated>2011-08-02T05:17:27Z</updated>
    <subtitle>富士常葉大学環境防災学部客員教授　井野盛夫</subtitle>
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    <title>【第14回】災害ボランティアの位置づけ</title>
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    <published>2011-08-02T05:08:34Z</published>
    <updated>2011-08-02T05:17:27Z</updated>

    <summary>東日本大震災でボランティア活動が遅れた理由 被災した市民生活の復旧に災害ボランティアによる支援が、防災関係者等から認識されたのは1995 年阪神・淡路...</summary>
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        <![CDATA[<h3>東日本大震災でボランティア活動が遅れた理由</h3>

<p><img alt="災害ボランティアのイメージ" src="http://www.webside.jp/column/contents01/img/014.jpg" width="230" height="470" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />被災した市民生活の復旧に災害ボランティアによる支援が、防災関係者等から認識されたのは1995 年阪神・淡路大震災からである。発災後１か月間のボランティアの延べ人数は62万人、発災後13か月間となると約140万人に達し、救援活動や復旧活動の実績を国民が認めるところとなり、１月17日を「防災とボランティアの日」と閣議で制定したことからも理解される。</p>

<p>本年３月11日に発生した東日本大震災における活動を見ると、発災から約２週間の初動期は専門技術を持つ者のみが現地に入り、警察や自衛隊とともに捜索活動を行った。また、食料や防寒具を避難所に届ける活動もあったが、自動車用燃料の不足から待機状態が続いた。現地の活動に参加できない人は募金と物資の収集、仕分けなどの分野での活動が中心となった。１か月経過しガソリン不足が継続する状況下で、緊急自動車登録をしたボランティアが予備燃料を持参して被災地を訪れ、炊出し、物資運搬、泥だしなどの支援活動を始めた。避難所への支援を申し出たが、多くの避難所が避難者自身による運営を好んだことから、支援者が入ることが難しかったという。</p>

<h3>地域差が出たボランティアの受け入れ態勢</h3>

<p>被災地では激甚な状況であったため、支援を受け入れるための組織が立ち上がれない状態が２週間ほどあった。やがて、現地に災害ボランティアとNPO が協働する「支援NPO 連絡会」が石巻市を含め十数地域で立ち上がり、日を追うごとに各地に組織が作られていった。こうした活動を支援するため日本財団ROAD プロジェクト（東京）、静岡県ボランティア協会、被災地NGO 協働センター（神戸）の３者が協力して、「災害ボランティア支援センター」を岩手県遠野市に設置し、三陸沿岸の被災者を直接支援する「遠野被災地支援ボランティアネットワーク」を後方から支える新たな支援方法が注目されている。しかし、受け入れ態勢が無いところでは支援物資が届きにくい状態が続き、活動する場所や支援を求めている被災地からの具体的な要求と斡旋、そして支援する側とのマッチングが機能しない場合もあった。</p>

<h3>大震災が残したボランティア活動の教訓</h3>

<p>理想的には災害発生前の予防対策として、社会福祉協議会やボランティア協会、地域のボランティア団体が中心になって受け入れ組織を計画上で構築し、想定される内容のマニュアル化を図りたい。更に災害救援活動を実施するために必要となる経費を拠出できる基金が設立してあれば、災害発生時の受け入れ活動も気兼ねなく行われるであろう。</p>

<p>また、現地で中心になるボランティアを育成するため学生や一般社会人を対象に、災害ボランティア・コーディネーター育成講座を開催して人材を蓄えることも忘れてはならない。さらに日頃から有能で活動的なボランティアを発掘することは、地域の防災活動にも大きくプラスに影響する。</p>

<p>災害が発生するとメディアの扱いによって、全国から駆けつける支援者の量も変わる。組織化したボランティア団体であれば長期にわたり支援が期待できるが、寄り集まった個人からなる集団では運営も複雑になる恐れがある。都道府県と市町村との役割分担は異なっている。都道府県レベルでは災害ボランティア本部を立ち上げて、全国からの申出者の受け入れ窓口の開設と調整、申出者への最新情報の提供、都道府県災害対策本部からライフライン・公共交通機関の復旧や規制などの状況、行政施策の動向などの情報を入手してボランティア団体に提供する。市町村レベルではまず本部を設置し、管内の被害状況を上部組織へ報告、そして復旧に必要な事項を要請、住民からの要望に応じた支援の配分、ボランティア団体に必要な情報を提供するなどがある。</p>

<p>ボランティア活動を防災対策計画に位置づけるためには、地域防災計画の中で周辺対策と関連して述べることが求められる。平常時の活動関連は災害予防や平常時対策の編、災害発生時は災害応急対策編にまとめ、別に活動が期待される団体名を資料編に掲載する。</p>

<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学客員教授</big></dd>
<dd>1937年静岡市に生まれる。61年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部長、07年度退職。理学博士。</dd>
<dd>中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡大学講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。</dd>
<dd>著書に『21世紀東海地震』（羽衣出版）『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震.東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など。</dd>
</dl>
<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/201108_vol15.html">bside2011年8月号［Vol.15］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>]]>
        
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    <title>【第13回】計画策定の目的を忘れない</title>
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    <published>2011-01-25T05:19:49Z</published>
    <updated>2011-08-02T05:00:47Z</updated>

    <summary>緊急時の非常招集体制の重要性 大みそかから新年にかけて山陰地方は記録的な豪雪に見舞われ、国道９号で車約千台が42時間立ち往生し、ＪＲ山陰線と伯備線合わ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webside.jp/column/contents01/">
        <![CDATA[<h3>緊急時の非常招集体制の重要性</h3>

<p><img alt="豪雪のイメージ" src="http://www.webside.jp/column/contents01/img/013.jpg" width="240" height="160" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />
大みそかから新年にかけて山陰地方は記録的な豪雪に見舞われ、国道９号で車約千台が42時間立ち往生し、ＪＲ山陰線と伯備線合わせ18本が最大34時間停車した。また、鳥取県内では係留中の小型漁船約200隻が沈没、延約８万戸の停電も発生した。</p>

<p>防災関係者にとって、正月は緊急時の職員動員体制を敷くのに苦心する期間である。緊急時の非常招集体制は人事異動が行われた際に見直されるが、正月ともなると職員の福利厚生面からも勤務地を離れることを認めざるを得ない。タンクローリーのスリップから始まった今回の一連の事態は、渋滞を発生させ、道路に滞留した車が行く手を阻んで除雪車を使うことが難しくなるなど、緊急事態に対して管理部門から現場職員まで人手を集めるのに苦労したと思われる。緊急時の招集体制、関係業者との連携、閉じ込められた車内の人々への支援など、個々の事態が連鎖して新たな事態が発生していく状況とその対応は、他の災害に置き換えても学ぶべきものが多い。</p>

<h3>地域防災計画は社会情勢に応じて修正する</h3>

<p>災害対策基本法には市町村地域防災計画に定めるべき事項として、防災施設の新設や改良、防災の調査研究、教育や訓練、情報の収集や伝達などと、避難、消火、水防などの災害応急対策、ならびに復旧対策に関する計画を定めることになっている。</p>

<p>特に市町村計画においては、都道府県計画と違って各種防災計画の基本をなすべき防災基本計画に基づいて作成することが求められている。さらに、社会情勢の変化に応じて実情に合った計画とするため毎年検討を加え、必要があるときには修正しなければならないことが義務付けられている。</p>

<p>また、市町村計画は、防災業務計画や都道府県計画と一体になるものであり、修正するときにはあらかじめ都道府県知事に協議することも義務付けられている。知事は市町村計画が都道府県計画に抵触しないことを確認し、他の市町村計画との調整が必要であるのかを審査する。</p>

<p>これらの行為を怠ると、広域災害が発生した場合に応急対策や復旧対策に支障を生じ、それが原因となって市町村長に課せられた地域住民の生命、身体および財産の保護する責務を果たせないことになる。</p>

<h3>組織に求められる情報収集・活用能力</h3>

<p>こうした制度の中で、最新の情報を計画に反映するためにはどのような方法があるのであろうか。内閣府では中央防災会議で審議した事項を、防災白書を発行して国民に毎年広報している。さらに下位にある都道府県防災会議の議題や報告内容は担当課長会議などを通じて伝達され、改正事項等の整理が行われる。しかし、公的ルートからの情報だけでは内容の理解や対応の検討が難しいので、常に最新情報や解説などの資料が求められる。</p>

<p>まず、情報収集の最適な手段として４大新聞と地方紙の定期的な購読がある。山陰豪雪のように災害が発生した場合、現場からの被害状況報告、そして災害発生のメカニズムと分析、公共施設の復旧見通し、被災者の声、過去の被害状況など内容は多岐にわたる。一方、テレビとラジオの報道は、一過性で資料として蓄積するのには処理が必要となり文字として整理することが難しいが、映像の説得力に他メディアは追従できない。最近、インターネットからの情報も多くなっているが、その提供者や掲載意図が不明確なものは情報源としてはふさわしくない場合もある。やや専門的に偏るが学会のニュースレターや学会誌からの情報も重要であるが、学会に加入しなければ入手できない場合もあり、内容が専門的すぎる嫌いもある。業界紙的な性格を持つ雑誌や新聞の専門的な取材による特集記事などは参考になるものも多い。</p>

<p>積極的に情報を収集・整理するシステムを組織的に作り、新たな対策計画を練り上げるのは当事者である。地域防災計画を目標に近づけることができるのは、組織の情報収集と活用能力、そして見識と経験にかかっている。</p>

<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学環境防災学部客員</big></dd>
<dd>1937 年静岡市に生まれる。61 年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部長、07年度退職。理学博士。</dd>
<dd>中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡大学講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。</dd>
<dd>著書に『21 世紀東海地震』（羽衣出版）『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など。</dd>
</dd>
</dl>
<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/201101_vol13.html">bside2011年1月号［Vol.13］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>]]>
        
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    <title>【第12回】集中豪雨が残した教訓</title>
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    <published>2010-11-04T06:55:39Z</published>
    <updated>2011-01-25T05:23:27Z</updated>

    <summary>2010年夏９月８日、台風９号は福井県に上陸後、東進して熱帯低気圧に変わり、富士山東麓に位置する静岡県小山町に記録的な大雨をもたらした。時間雨量110...</summary>
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        <![CDATA[<p><img alt="集中豪雨のイメージ" src="http://www.webside.jp/column/contents01/img/012.jpg" width="240" height="176" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />2010年夏９月８日、台風９号は福井県に上陸後、東進して熱帯低気圧に変わり、富士山東麓に位置する静岡県小山町に記録的な大雨をもたらした。時間雨量110 ミリ、総雨量600 ミリの豪雨により町中心を流れる鮎沢川支流の野沢川が増水し、上流の柳島地区66世帯が孤立した。気象庁は記録的短時間大雨情報を発表し、町は柳島地区などに避難勧告を出して住民の安全を図った。隣接する御殿場市でも緊急事態と判断して避難指示を発令している。人的被害はテレビの取材スタッフ１人が転落して重体となったのみ、道路や橋梁、住宅の流失などの災害状況を見れば幸いだった。無被害であったことは奇跡に近く、昭和47年大水害の経験が生かされた結果と思われる。</p>

<h3>近年の自然現象の変化を反映した地域防災計画を</h3>

<p>このところ、全国的に記録的な降水量による土砂災害と内水氾濫、その後の湛水被害が多く発生している。降水量データは気象庁や国土交通省、都道府県などの観測施設と伝達システムの整備が進み、インターネットを使って刻々変化する状況を簡単に入手できるようになった。防災担当者は状況にあわせて対策を進めやすくなったが、迅速に警報を発することで人命を守りやすくなったわけではない。洪水の発生を抑制する事業、万が一洪水が発生した場合に氾濫を防ぐ防御事業が整わなければ被害の軽減は解決しない。</p>

<p>総降水量の変化を国土交通省の資料「１時間50ミリと100ミリを超す豪雨の推移」（１時間降水量の年間延べ件数）でみると、1980年代の発生回数200 回を基準として、90年代が1.17倍、2000年代には1.56倍と次第に増加している。経年の記録では変化を繰り返して特徴を見出しにくいが、長期間のトレンドで見ると年々豪雨の回数が増加している。</p>

<p>毎年、地域防災計画に新たな情報を盛り込む修正はされるが、自然現象の変化を反映した対応策に手を加えることは少ない。避難勧告の基準となる数値の見直しや都市における豪雨時の排水計画の再構築などに対して、町内会単位で民間施設や複合住宅の利用を図るなど抜本的な考え方を示す必要がある。</p>

<h3>避難勧告は住民に理解されたか</h3>

<p>今回、小山町は６地区161 世帯に避難勧告を発し、それに従って63人が小学校体育館に避難した。昨年発生した駿河湾の地震（2009 年９月11日）の際に沿岸市町で避難勧告が発令されたにもかかわらず、津波浸水危険地域の人たちはほとんど避難しなかった。津波と洪水とは状況が違っていたとしても避難勧告に相違はない。</p>

<p>洪水や土砂災害など状況の変化が予測される場合には、住民が身の危険を肌で感じて勧告を素直に受け止めそうであるが現実はそうでもない。平成16年新潟豪雨災害では、「寝たきりで家屋が浸水して溺死（78歳、男性）」「裏山が崩れ圧死（83歳、男性）」「用水路に転落して溺死（72歳、女性）」など高齢者が多く犠牲になった。避難を呼びかける情報は「避難勧告」「避難指示」の２段階だったが、その年の水害被害をうけて避難を早めるための「避難準備情報」が新設された。</p>

<p>小山町では幸いにも死者は出なかったが、めったに聞くことのない避難勧告がどの程度理解され、安全行動に結び付いたのだろうか。バケツをひっくり返したような雨の中、高齢者、寝たきりの人、傷病者、乳幼児はどのように避難したのであろうか。これらの人たちの多くは周囲の支援が不可欠であり、それが得られず避難を見送った人も多くいたのではなかろうか。避難対象地区には少なくとも500 人近くが住んでいたはずで、自力で行動できる人たちだけが避難したのではないかと思われる。</p>

<p>その他、被災地の復旧支援に訪れたボランティアの受け入れや、水にぬれた畳や家具などの路上投棄、港湾内への流木やごみの滞留と除去などの対応が求められた。これらを踏まえた地域防災計画の見直しが必要となろう。 </p>

<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学環境防災学部客員</big></dd>
<dd>1937 年静岡市に生まれる。61 年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部長、07年度退職。理学博士。</dd>
<dd>中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡大学講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。</dd>
<dd>著書に『21 世紀東海地震』（羽衣出版）『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など。</dd>
</dd>
</dl>
<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/201010_vol12.html">bside2010年10月号［Vol.12］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>]]>
        
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    <title>【第11回】住民の防災力を高める</title>
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    <published>2010-07-21T07:09:55Z</published>
    <updated>2010-11-04T07:03:06Z</updated>

    <summary>災害が発生した時、その規模が大きければ大きいほど行政の対応は広域となり、種類も多く量も増加する。このため被災した住民は自己努力や地域住民の相互支援によ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webside.jp/column/contents01/">
        <![CDATA[<p><img alt="地震災害" src="http://www.webside.jp/column/contents01/img/010.jpg" width="208" height="390" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />災害が発生した時、その規模が大きければ大きいほど行政の対応は広域となり、種類も多く量も増加する。このため被災した住民は自己努力や地域住民の相互支援によって対応せざるを得なくなり、そして公的な支援を待つ時間が長くなる。</p>

<p>行政は被害が大きくならないように予防対策をすすめ、応急対策の種類と量を減らすために住民自身の防災力を高めておくことが理想となる。例えば水道が断水して被災地の住民から応急給水の要請があった場合、水道関係者がその対応に追われると個別対応に時間を取られシステム全体の復帰も遅くなる。事前に多くの住民が飲料水を貯めていれば、緊急時に住民から公的支援を求める時間が遅らせることができ、断水した水道水の復旧が早くなる。</p>

<p>阪神・淡路大震災直後、被災者が神戸市役所に対して何を要求したか震災記録を見ると、飲料水が一番で、次に食料、寝具、そして発災したのは極寒の1 月中旬であったことからカセットコンロ、ストーブ、カイロなど暖房器具であった。消防庁が震災1 か月後に、被災者から「準備していたもの（こと）のうち役立ったもの（こと）」を聞いたところ、ラジオをあげた被災者が圧倒的に多かったが次が飲料水であった。ついで懐中電灯、医薬品、「棚の上に重い物を置かない」、そして食糧品、「家具の固定」、耐震自動消火装置付き石油ストーブ、「貴重品をひとまとめに」の順であった。</p>

<p>また、静岡県民が東海地震に備えている内容は次の通りである（東海地震県民意識調査2009）。「非常持出し品を用意」、「消火器などを用意」、「避難場所を決めている」、「ガスの元栓を閉める」、「風呂に水をいれてある」と続き、「特に備えていない」との回答も結構多いのに驚く。その非常持出し品は、半数の人が懐中電灯、携帯ラジオ、非常食、飲料水、手袋、ティッシュペーパー、タオルとなっている。</p>

<h3>住民の事前準備が復旧を早める</h3>

<p>大切なのは、住民がどのようなもの（こと）を準備しておけば、突然発生する災害にも対応できるかである。言い換えると住民の防災力とは、事前対策として住宅の耐震化、必要物資の備蓄、家具の固定と災害に関する知識の習得、緊急時の行動計画の作成である。これら全てが準備されていれば各般の復旧時間が短縮できるはずである。</p>

<p>まず、家屋の耐震化であるが、建物の所有者がその気にならなければ進まないのが現実である。耐震化の推進には防災部局からの呼びかけでは限界があり、税制の優遇等を含めた多面的な視点も加えて取り組まなければ進展しないところまできている。また、耐震診断
の結果補強する必要があっても費用の捻出が大変だという理由で工事が進まなくなることが多く、行政の努力に加え広く関係業界の協力も得たいところである。</p>

<p>家具やテレビの固定は地震対策の基本であるが、これも一定以上進まず一部固定を含めても実施率は約6 割である。進まない理由として、「手間がかかる」、「固定しても被害が出ると思う」、「家具類を置いていない安全な部屋がある」、「借家だから」、「固定しなくても大丈夫」、「建物や家具を傷める」とその理由はまちまちである（静岡県同調査）が、要するに自分の命を守るための行動である理解が不足している。家具固定に関する研究も飛躍的に進み、新しい素材や固定方法について行政側からの積極的な広報が求められる。</p>

<h3>「家族の話し合い」も訓練に</h3>

<p>九州で発生した口蹄疫に対して自治体の対応はまちまちであったが、緊急事態発生時の対応計画が作られていたところは功を奏したと報じられている。災害についても洪水が発生して危険が予想され避難勧告が発せられた時、住民が通報内容や避難ルート、その場所を行政等に電話をして問い合わせていたのでは間に合わない。せめて事前に緊急事態発生時の行動について家族が話し合うことを、訓練項目に加えてほしいものである。</p>

<p>住民の防災力を高めるのは、住民の命や財産を守るためであるのは論を待たないが、行政側から見ると応急復旧業務を縮小できる利点がある。応急対策行動の訓練のほか家庭内対策の点検にも重きを置くことにより、防災力が必然的に高まると考えている。</p>


<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学環境防災学部客員</big></dd>
<dd>1937年静岡市に生まれる。61年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96 年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部。理学博士。<br />
<br />
中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡県講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。<br />
<br />
著書に『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など。 </dd>
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<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/201007_vol11.html">bside2010年7月号［Vol.11］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>]]>
        
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    <title>【第10回】2010年チリ地震津波避難からの教訓</title>
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    <published>2010-07-04T12:30:03Z</published>
    <updated>2010-07-12T07:49:37Z</updated>

    <summary>警報が発せられるも、住民の多くが避難せず 気象庁は２月28日午前９時33分、大津波警報を東北地方沿岸、津波警報を太平洋沿岸、注意報を瀬戸内海地域に発表...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webside.jp/column/contents01/">
        <![CDATA[<h3>警報が発せられるも、住民の多くが避難せず</h3>

<p>気象庁は２月28日午前９時33分、大津波警報を東北地方沿岸、津波警報を太平洋沿岸、注意報を瀬戸内海地域に発表した。それを受けて津波災害が予想された岩手など13道県140市町村、140万人余に避難勧告等が出された。全国的な規模で津波避難行動が取られたのは昭和35年のチリ地震津波以来のことであったが、沿岸自治体の対応はまちまちであった。また、住民も津波危険の認識に差があり行動も極端に異なった。</p>

<p>静岡大学防災総合センターのアンケート結果によれば、大津波の警報（約３メートル以上）が出された岩手、宮城、静岡の沿岸約２キロに住む人の６割以上が避難をしなかったという。指定された場所に避難した人は３県で2.6％、海から離れた人が25・8％、建物内に避難した人が8.2％で、避難行動をしなかったのは実に63.4％であった。一方、総務省消防庁などの調査では、避難指示が発令された岩手、宮城県の住民のうち、避難所に避難したのは岩手で12.2％、宮城では6.5％にとどまったという。なぜ呼びかけに応じなかったのであろうか。</p>

<p>津波危険が予想される地域住民を対象に避難勧告を行ったのは、災対法を根拠とした「災害から住民の命を守る」という重要な役割を地方自治体がもつからである。前日に発生したチリ沿岸地震の規模（Ｍ8.9）と震源位置から、一日後には日本沿岸に津波が襲来し災害発生が予測されたため、早くから気象庁が津波の挙動に関する情報を出していた。到達までに時間の余裕があったにもかかわらず、対応が十分でなかったところもあった。</p>

<h3>国民の課題は、津波の脅威を再認識すること</h3>

<p>一方、地方自治体の長が行政責任を回避しようとして勧告や指示を安易に発令することを防ぐために、自治体には勧告等にかかわる実施責任者、避難所などの公表が求められている。緊急のため事務手続きが間に合わない場合も予想され、勧告を行った後に公表することも認められている。今回の津波避難を契機に、地域防災計画にある避難対象地域、避難者収容施設などについて見直し、避難のルートやその運用方法などもマニュアル化を図る機会と捉えたい。</p>

<p>住民の避難行動が徹底しなかった理由は幾つかある。地球の裏側で発生した地震のため、揺れを感じない津波警報の発令であったことから本能的に恐怖感が伴わなかった。日本海中部地震津波、古くは明治・大正三陸大津波など津波災害の記録が残されているが、津波の恐ろしさについて一般住民の理解は弱い。東北地方で「津波てんでんこ」とは、他人のことを思いやる時間が無いほど遡上速度が速く、生命にかかわる危険な災害であるということを示しているが、伝承を受け継いだのは一部の人達だけであったようだ。その他の沿岸地域においては被災経験が乏しく、津波についての知識がほとんど無いため見物する人もいた。津波の脅威を再認識することが国民的な課題といえる。</p>

<p>一部に警報と注意報、そして指示と勧告の相違を理解していない自治体がある。そうした状況のなかで防災専門用語を使って避難を呼びかけたが、住民そのものが危機状況を認識して行動に移ったのか疑問である。また、気象庁が津波警報の解除を行なわない以前に、第一波が小さかったため最大波到達以前に避難を解除した自治体が多かった。行政としては人命にかかわることであり、解除する理由を明確に説明する必要がある。また、警報を受けて国道、JR、JH などが危機回避のために運行停止や利用規制を行なったため、浸水予想地域を避けて車両が山側に回り大混乱が発生した。行政の自主的な判断は非常に危険であり、公的機関の連携の悪さから思わぬ混乱を招き、防災行政への信頼を失わせることにもなる。今回の津波避難を教訓に、自治体自体も災害事例を収集して対応のシミュレーションを重ね、住民には知識と行動について徹底した啓発をしていくことが必要であろう。</p>

<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学環境防災学部客員</big></dd>
<dd>1937年静岡市に生まれる。61年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96 年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部。理学博士。<br />
<br />
中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡県講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。<br />
<br />
著書に『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など。 </dd>
</dl>
<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/201004_vol10.html">bside2010年4月号［Vol.10］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>]]>
        
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    <title>【第9回】駿河湾地震の教訓は</title>
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    <published>2010-07-04T12:23:19Z</published>
    <updated>2010-07-06T02:28:31Z</updated>

    <summary>県や国はどう行動したのか 昭和51年夏に駿河湾を震源とする巨大地震発生の危険性を一学者から指摘され、それに対応するため地元静岡県では新たな防災対策を緊...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webside.jp/column/contents01/">
        <![CDATA[<h3>県や国はどう行動したのか</h3>

<p>昭和51年夏に駿河湾を震源とする巨大地震発生の危険性を一学者から指摘され、それに対応するため地元静岡県では新たな防災対策を緊急に整備することとなった。また、国も研究半ばであった地震予知を前提とした大規模地震対策特別措置法を制定した。その後現在まで駿河湾を震源とする想定地震は発生していないが、北海道や東北、北陸、近畿、九州など各地で人的・物的被害が発生している。特に平成７年の阪神・淡路大震災はそれまでの地震対策の考え方を変える被害となったため、大学や研究機関による研究調査も積極的に進められ、幅広い幾多の災害資料がまとめられた。地震防災対策強化地域に指定された行政と住民は、大震災を教訓に住宅の耐震化や家具の固定、食料や飲料水の備蓄、そして毎年数回の訓練などを実施している。</p>

<p>行政と住民が恒例の総合防災訓練を控えた平成21年８月11日（月）午前5時過ぎ、マグニチュード6.5の地震が駿河湾中部海域を震源として発生した。この地震に対する対応を行政資料から、地震ドキュメント風に整理してみると次の通りである。</p>

<p><img alt="JR東海" src="http://www.webside.jp/column/contents01/img/009.jpg" width="272" height="204" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />午前5時07分の地震発生後、中部電力浜岡発電所4、5号機が自動停止、静岡県災害警備本部が設置され、JR東海は静岡県内の列車の運転を見合わせた。同時刻消防庁は災害対策本部を設置。５時10分静岡県と伊豆諸島に津波注意報が発令（７時13分解除）、首相官邸対策室は内閣府災害対策室を設置。防災関係省庁は災害対策本部を設置。５時15分静岡県内東名高速道路全線交通止め。５時30分静岡県は災害対策本部を設置。５時45分県知事から消防庁に緊急消防援助隊の出動要請。６時00分静岡県災害対策本部第1回本部員会議が開催され、県知事が県民に落ちついて行動するように呼びかける。6時15分全国知事会は災害対策都道府県連絡本部を設置。6時45分気象庁会見、地震の発生状況説明。７時15分東海地震との関連性を調査中との東海地震観測情報（制定後初）の発表。９時10分地震防災対策強化地域判定会打合せ会を開催し、関連調査を継続している旨の東海地震観測情報（第2号）を発表。11時20分観測情報第3号で東海地震との関連性を否定。</p>

<p>東海地震の想定震源域で発生した地震により駿河湾西沿岸の焼津市、御前崎市、牧之原市、対岸の伊豆市で震度６弱となり、県下一円に震度５弱以上の揺れを感じた。地震による被害（18日16時締め）は死者1名、負傷者180名、住家の半壊3棟、一部損壊6345棟、火災3件であったが、それは１都４県に及ぶものであった。</p>

<h3>応急対策活動要領に基づく貴重な検証の機会</h3>

<p>地震発生40分後、静岡県知事から消防庁長官に対して緊急消防援助隊の支援要請が行われ、東京都他２県から航空部隊３隊、陸上部隊3隊が出動し、長野他２県の警察航空隊ヘリも直ちに情報収集活動を実施した。通信関係に被害が無かったため、国の東海地震応急対策活動要領に沿った行動は素早かったといえる。これら職員の招集、出動、調査、報告など一連の行動は、組織内の行動計画に基づいて行われたが、地方はこうした活動を他組織のことと傍観してはならない。地震に襲われた後まずどのような行動を取ったか、被害状況をどのような方法で入手したか、自主防災組織は計画通り行動したのか、観測情報を入手した後に状況が悪化した時の行動など、今一度行動マニュアルを地震ドキュメントに合わせて見直す必要がある。こうした応急対策活動要領に基づく検証の機会はめったに訪れるものではない。</p>

<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学環境防災学部客員</big></dd>
<dd>1937年静岡市に生まれる。61年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96 年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部。理学博士。<br />
<br />
中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡県講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。<br />
<br />
著書に『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など。 </dd>
</dl>
<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/201001_vol09.html">bside2010年1月号［Vol.9］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>]]>
        
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    <title>【第8回】災害予防計画は対策の基本</title>
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    <published>2010-07-04T12:18:33Z</published>
    <updated>2010-07-06T02:22:25Z</updated>

    <summary>大規模災害がなくとも計画の見直しはすべき 「災害予防計画」の重要性は災害を未然に防ぐこと、そして災害発生時における被害を軽減することを目的としているこ...</summary>
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        <name>admin</name>
        
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        <![CDATA[<h3>大規模災害がなくとも計画の見直しはすべき</h3>

<p>「災害予防計画」の重要性は災害を未然に防ぐこと、そして災害発生時における被害を軽減することを目的としていることは周知のところである。こうした計画内容と実行性を評価できるのは想定被害が発生した時であるが、実際にはその時まで変更しないことはあり
えない。毎年計画の内容と業務を見直し、精度を高め充実させていくことが責務であって、防災関係各担当の重要な業務である。</p>

<p>８月11日午前５時７分、静岡県駿河湾を震源とする中規模の地震が発生した。大規模地震対策特別措置法（1978年）の施行後初めて、想定された震源域内にＭ6.5の被害地震が発生した。東海地震はＭ8.0程度を予測しているので、規模からみても約200分の１と小さかったが、室内に積まれた本等の落下とみられる胸腹部の圧迫による窒息死が出た。地震発生の3.8秒後に「緊急地震速報」、３分後の５時10分に伊豆諸島と静岡県に「津波注意報」、そして約２時間後の７時15分に「観測情報」が立続けに発表され、同報無線等を使って即時に広報された。地元防災関係機関は、早朝であったことと伝達機器の不整備も重なり、住民に対して満足な状況とはいかなかった。</p>

<p>今回、初めて東海地震発生との関連を判断できない場合に発する観測情報が７時15分に、９時10分に２回目、６時間後の11時20分に「東海地震の前兆ではないとの判定会の結論」が広報された。人的被害として死者１人、負傷者311人、物的被害が半壊３棟、一部損壊7、773棟であった。特に東名高速道路は焼津ICから袋井ICの上り線路肩が崩壊し、８月15日24時まで全面交通止めとなり経済被害が生じた。</p>

<h3>改めて明らかになった予防対策の重要性</h3>

<p>異なる内容の情報が立て続けに発表され、伝達方法とその内容が住民に理解されていたのかを検証する良い機会である。</p>

<p>まず「緊急地震速報」は、地震発生に伴って到達する地震動から人命の保護と２次災害防止を目的に発せられる。昨年設けられた情報でまだ充分に理解されていない恐れがあるが、今回は早朝であったことから、テレビ・ラジオ・屋外スピーカーを視聴していた人は少なかったと思われる。</p>

<p>「津波注意報」であるが、津波危険地域の住民は揺れた直後から安全行動に移りたいところである。また沿岸地域をもつ市町村は、津波の発生状況の監視、危険地域住民に対しての避難勧告、警報等の伝達方法の確認等、実施すべき業務は多い。更に状況が変化することもあるので、解除されるまで推移を緊張して見守らなければいけない。</p>

<p>次に東海地震に係る「観測情報」であるが、一昨年静岡県が行った県民の防災意識調査では、一連の情報を詳しい内容まで知っていると回答した人は5.5％で、多くの住民が観測情報の重要性を理解していない。東海地震関連情報の伝達方法と内容の解説を徹底しなければ、せっかくの予防対策の効果は期待できない。</p>

<p>地震後しばらくして住民が取った対策は、瓦屋根の落下を見て地震保険等への加入、水道が断水することを知り改めて飲料水や食料の備蓄を始めたこと、実際に食器戸棚やテレビ・本箱等、家具の転倒や落下を経験し固定化を進めたこと、家庭や近所で避難場所やそれぞれの役割等について話し合われたこと等があげられる。</p>

<p>多くの住民が地震により家屋の損壊や室内でも危険が及ぶことを経験し、自分自身で対策を実施しなければ発生後の生活に支障が出ることを知った。改めて予防対策の必要性を強く認識させることが、防災行政機関における今回の教訓である。</p>

<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学環境防災学部客員</big></dd>
<dd>1937年静岡市に生まれる。61年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96 年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部。理学博士。<br />
<br />
中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡県講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。<br />
<br />
著書に『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など。 </dd>
</dl>
<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/200910_vol08.html">bside2009年10月号［Vol.8］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>]]>
        
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    <title>【第7回】災害予防についての計画</title>
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    <id>tag:www.webside.jp,2010:/column/contents01//9.58</id>

    <published>2010-07-04T11:30:15Z</published>
    <updated>2010-07-06T01:41:58Z</updated>

    <summary>災害対策基本法の主たる目的として、第一に「防災責任の明確化」、第二に「総合的防災行政の推進」、そして第三に「計画的防災行政の推進」、さらに「激甚災害に...</summary>
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        <name>admin</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webside.jp/column/contents01/">
        <![CDATA[<p>災害対策基本法の主たる目的として、第一に「防災責任の明確化」、第二に「総合的防災行政の推進」、そして第三に「計画的防災行政の推進」、さらに「激甚災害に対する財政援助」「災害緊急事態に対する措置」が位置付けられている。これに対応して地域防災計画は、事前の対応としての「災害予防計画」、災害が発生した時の「災害応急対策計画」、そして「災害復旧計画」と時間軸を基に三つのフェーズで組み立てられている。</p>

<p>「災害予防計画」は災害を未然に防止するとともに、災害発生時における被害の軽減を図ることを目的とし、平素から行う措置について定めている。計画策定にあたってはまず、地域で発生頻度の高い災害を特定する必要がある。一般には河川の氾濫、土砂崩壊、延焼火災、地震動、津波、高潮、地すべり、危険物の流出、火山の噴火、豪雪などを対象として、それぞれの予防対策の内容を計画化する。</p>

<h3>河川災害の予防計画は流域全体を考慮する</h3>

<p>例えば河川災害の対策としての治水計画は、雨水の排水計画、河川の工作物の管理改修と整備、上流域における森林の伐採、採石あるいは流域一帯の開発によって発生する災害の防止事業などが主な内容となる。複数の自治体を流域に持つ大河川を除き、河川管理者が上下流で異なる場合でも流域全体を考慮した計画としたい。ともすると管内の状況だけから判断するような計画となりがちであるが、上流域での異変が下流での対応に反映されるような内容であるのが望ましい。そのため一貫した流域治水対策計画や総合排水計画、浸水対策計画などの事業については広域で連携がとれたものとする必要がある。また、災害が発生した場合、人命、身体、財産に著しい被害を生ずる恐れがある地域の想定や、異常降雨または河川の水位が上昇したときは、危険地域内の住民への予警報および巡視が迅速に行えるような水位監視システムを明記したいところである。</p>

<p>また、水門や調整池などの防災上重要な工作物の管理者は、平常時から点検整備を十分に行うのは勿論であるが、被害を拡大するような破損個所が見つかった場合には直ちに修理し、危険発生時の水防体制および通信連絡の方法もあらかじめ考慮しておくことも大切である。この業務をおろそかにすると発生時の初期対応に支障が生じ、ひいては二次災害を誘発する恐れがあるので、担当責任者による定期点検をルーチンとして実施することを計画に掲載する。</p>

<h3>予報や警報の伝達手段は住民にしっかりと周知する</h3>

<p>津波・高潮災害についての予防計画も同じ要領で策定するが、沿岸や湾内に貯木場、牡蠣や海苔、はまちなどの養殖場や棚、係留船など特有の施設や状態がある場合、これらの流出防止策やその作業手順についても触れておく。</p>

<p>津波に関する予警報等を受信した場合の行動として、海岸地域や河口付近のパトロール、潮位・波高の監視などの情報が求められる。津波については地震動を感じたとき、または津波注意報および津波警報が発表されたときに備えて海面状態の監視体制をとることになるが、その海面監視実施要領もあわせて作成しなければならない。津波警報発表時、護岸において測量用ポールで潮位の計測状況がテレビ報道されることがあるが、海面監視者の安全を考えるならば止めるべきで、あらかじめ観測地点を高所に設けておきたい。</p>

<p>災害応急対策は予報や警報からスタートすることが多く、伝達する際に用いられる旗、吹流し、円筒、色燈、鐘音、サイレン音などの標識について住民へ周知すること、各種災害の予防対策実施の担当部署名を明記して住民に公表することも計画作りのうえで配慮したい。毎年すべての予防計画が運用されるものではないので、ある間隔をもって発生することと仮定し、計画内容を例年見直すことを慣例としなければならない。</p>

<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学環境防災学部客員</big></dd>
<dd>1937年静岡市に生まれる。61年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96 年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部。理学博士。<br />
<br />
中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡県講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。<br />
<br />
著書に『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など。 </dd>
</dl>
<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/200907_vol07.html">bside2009年7月号［Vol.7］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>【第6回】地域防災計画総論の位置付け</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webside.jp/column/contents01/006.html" />
    <id>tag:www.webside.jp,2010:/column/contents01//9.57</id>

    <published>2010-07-04T09:51:17Z</published>
    <updated>2010-07-06T02:41:45Z</updated>

    <summary>一定の本には前書があって、書かれた目的や内容の要約などが添えられているが、地域防災計画においても総論が同じような位置付けである。総論には計画策定上での...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webside.jp/column/contents01/">
        <![CDATA[<p>一定の本には前書があって、書かれた目的や内容の要約などが添えられているが、地域防災計画においても総論が同じような位置付けである。総論には計画策定上での目的、計画の構成、防災上重要な機関が対処する事項や業務の大網、計画を策定する自治体の概況など、そして予想される災害と地域が紹介される。利用者のために、使用した資料の出典や調査年次を明確にして原典に戻れる配慮を行い、内容は多方面の情報を要領よくまとめて毎年の更新を心掛けたい。</p>
<h3>市民の実施すべき防災対策の項目を立てることも有効</h3>
<p>目的については、災害対策基本法の規定に基づき「自治体管内における災害の予防と災害時の対策について、自治体及び行政区域管内の防災関係機関の連携のもとに実施する総合的な対策の大網を定めることにより、住民の生命、身体及び財産を災害から守ること」を原則とする。このため当該地域において過去に発生した災害の状況とその措置、そして当該地域に予想される風水害、大火災、大爆発、火山噴火、豪雪、大地震など災害の形態が示される。</p>
<p>計画の構成としては、まず発生頻度が高い風水害や大火災などを一般対策編とし、その地域で特に予想される災害や事故、例えば東海地震のような巨大地震災害、大規模な石油精製基地や天然ガス備蓄基地等の事故、原子力発電所災害、活火山の噴火災害などは別に対処計画を策定することになる。そのため多種類の災害発生を予測する自治体にあっては、一般対策編のほか地震対策編、火山対策編、豪雪対策編、原子力対策編、石油コンビナート対策編など複数の計画を持つ。それぞれの計画にあっては、災害予防計画、災害応急対策計画、災害復旧計画の順序で構成される。</p>
<p>防災上重要な機関が処理する事項や業務の大網の記述は、当該自治体のほか指定地方行政機関、指定公共機関、地方指定公共機関、公共的団体及び防災上重要な施設の管理者等、防災上実施すべき業務について項目を列挙することになる。ここで、市民の実施すべき防災対策の項目を別書きにして、地域住民の防災力を高めるための根拠とすることも考えられる。</p>
<p>計画を策定する自治体などの概況は、地域防災会議事務局の考え方によって差異が生ずる。地勢や地形、地質、気候などの自然的な条件については毎年見直す自治体が少ないが、近年気象状況の変化が大きいので注意を要する。地勢については、平成の大合併により管内が拡大したところは林野面積、可住面積などの構成比を変更し易いが、気象状況の概況を示すことになると、基準面積における月平均気温、月平均降水量などの資料を収集することが困難となり、従来と同じ水準にせざるを得ないところもある。また、地形や地質の記述に当たっては、合併前の調査資料の量と質が異なるため再調査を必要とする自治体もある。気象の項においては、観測項目の種類、観測点の数、観測期間、観測回数など合併によりデータ処理と分析が複雑になっている。特に降水量については、ただちに風雨災害の対応に直結するので、出来る限り多くのデータ収集が求められる。</p>
<h3>都市部では新たな危険も想定を</h3>
<p>社会的条件として人口、建物、道路、橋梁、鉄道など、当該自治体が都市なのか、農村地域なのかでは記述内容と量が変わる。人口や建物については住民基本台帳登録数や課税対象の家屋数を基礎に、毎年担当部局で発表する資料が利用されるが、これらも毎年見直すことを習いとしたい。最近の都市は高所と地下の空間利用が進み、昼間と夜間の人口格差の拡大、不特定の人々の集中など、計画に盛り込まれていない新たな都市危険が予測される。今後、都市においてはコンコースや広場などにおいて発生する緊急事態を予測し、対応に備えた新たな資料収集が重要な課題となるであろう。</p>
<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学環境防災学部客員</big></dd>
<dd>1937年静岡市に生まれる。61年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96 年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部。理学博士。<br />
<br />
中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡県講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。<br />
<br />
著書に『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など。 </dd>
</dl>
<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/200904_vol06.html">bside2009年4月号［Vol.6］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>]]>
        
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    <title>【第5回】地域防災計画には何が書かれているか</title>
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    <published>2010-07-04T09:25:23Z</published>
    <updated>2010-07-06T02:43:03Z</updated>

    <summary>一般法の性格を持つ災害対策基本法 地域防災計画は、昭和36年に制定された災害対策基本法に基づいて作成されている。昭和34年に発生した伊勢湾台風は、太平...</summary>
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        <name>admin</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webside.jp/column/contents01/">
        <![CDATA[<h3>一般法の性格を持つ災害対策基本法</h3>
<p>地域防災計画は、昭和36年に制定された災害対策基本法に基づいて作成されている。昭和34年に発生した伊勢湾台風は、太平洋戦争によって疲弊した国土を襲い、全国で死者５千人余、特に伊勢湾周辺で被害が大きかった。台風や高潮によって被害を受けた湾岸地域では、施設の管理責任のあいまいさ、縦割り行政の弊害が目立ち、災害復旧に時間を要した。防災体制の不備な点を補い、従来の法律を一本化して責任の所在を明確にし、新たに生じた事象に対して総合的かつ計画的な防災行政の整備を図る新しい法律の制定が求められた。結局、災害対策基本法は足掛け３年の時間を要して成立し、同年11月に公布されたのである。法律の精神として、新たな事象や対策手法、関係法令の改定などがあれば逐次変更することとなっていて、他の災害対策関係の法律に対しては一般法の性格を持つものである。</p>

<h3>基本法に基づく防災基本計画の内容は地域防災計画に反映される</h3>
<p><img alt="防災基本計画" src="http://www.webside.jp/column/contents01/img/005.jpg" width="198" height="539" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />基本法に基づいて中央防災会議が防災基本計画を策定しているが、これらの計画は地域防災計画に反映される内容である。昭和38年に防災基本計画が策定されたが、内容は逐次、公共機関、地方公共団体等に通知されて、全国同じ考え方で防災対策を進めるように定められている。基本計画は風水害が法制定の誘因となったことから、その後に発生した昭和43年5月の十勝沖地震による被害状況等や各地域に整備され始めたコンビナート施設に対する安全対策については、全面的な修正が行われた。更に全面修正を余儀なくされたのは平成7 年1 月の阪神・淡路大震災であった。大震災の教訓から、国、公共機関、地方公共団体、事業者等それぞれの役割を一層明確にし、具体的かつ実践的な内容に修正された。後に平成11年9 月のJOC 東海事業所のウラン転換試験棟において発生した臨界事故は新たな教訓を生み、原子力災害対策編の全面修正が行われた。また、新たに原子力災害対策特別措置法が施行され、法に合わせた修正が行われている。</p>

<h3>地域防災計画の見直しは地域性を考慮し、十分に検討</h3>
<p>地域防災計画は地域の災害対策推進の中心であるが、防災基本計画では自然災害として震災、風水害、火山災害、雪害、また海上、航空、鉄道、道路、林野、原子力、危険物、大規模火災等で生ずる事故災害対策を独立した項目に立てている。これらの災害を全て計画として扱うこととなると、広範になり地域住民にとって必要の無い事項も含まれることとなる。小規模な地方公共団体において新たな事項について計画化する場合、得てして通達された内容を理解しないまま計画化する例をみかける。例えば海洋に接しない地方公共団体が津波対策を掲載して避難所の設定や避難路を記載してある例、過去に非常に稀な航空機の空中衝突や列車の正面衝突を経験したために、現在も航空災害や鉄道災害を計画化してある例、原子力発電所が管内に無くても計画を持つ例など、通達や要領をそのまま準拠し地域性を考慮しないために生ずる矛盾や発生が稀な事故を想定して計画するために現実と遊離することがある。</p>
<p>毎年地域防災計画を見直すことになっているが、軽微な事項については防災会議に掛けなくても良いことから、次第に数年開催しないことを常とする団体も見受けられる。新たな計画掲載事項は関係する部局が意見を交わし、十分に検討する時間を設け、責任と方法を明確にする内容にまとめることが防災会議担当事務局に課せられている。</p>

<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学環境防災学部客員</big></dd>
<dd>1937年静岡市に生まれる。61年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96 年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部。理学博士。<br />
<br />
中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡県講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。<br />
<br />
著書に『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など。 </dd>
</dl>
<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/200901_vol05.html">bside2009年1月号［Vol.5］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>]]>
        
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    <title>【第4回】地域防災計画の精緻化へ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webside.jp/column/contents01/004.html" />
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    <published>2010-07-04T09:20:50Z</published>
    <updated>2010-07-06T02:44:23Z</updated>

    <summary>一般法の性格を持つ災害対策基本法 地域防災計画は、昭和36年に制定された災害対策基本法に基づいて作成されている。昭和34年に発生した伊勢湾台風は、太平...</summary>
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        <name>admin</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webside.jp/column/contents01/">
        <![CDATA[<h3>一般法の性格を持つ災害対策基本法</h3>
<p>地域防災計画は、昭和36年に制定された災害対策基本法に基づいて作成されている。昭和34年に発生した伊勢湾台風は、太平洋戦争によって疲弊した国土を襲い、全国で死者５千人余、特に伊勢湾周辺で被害が大きかった。台風や高潮によって被害を受けた湾岸地域では、施設の管理責任のあいまいさ、縦割り行政の弊害が目立ち、災害復旧に時間を要した。防災体制の不備な点を補い、従来の法律を一本化して責任の所在を明確にし、新たに生じた事象に対して総合的かつ計画的な防災行政の整備を図る新しい法律の制定が求められた。結局、災害対策基本法は足掛け３年の時間を要して成立し、同年11月に公布されたのである。法律の精神として、新たな事象や対策手法、関係法令の改定などがあれば逐次変更することとなっていて、他の災害対策関係の法律に対しては一般法の性格を持つものである。</p>

<h3>基本法に基づく防災基本計画の内容は地域防災計画に反映される</h3>
<p>基本法に基づいて中央防災会議が防災基本計画を策定しているが、これらの計画は地域防災計画に反映される内容である。昭和38年に防災基本計画が策定されたが、内容は逐次、公共機関、地方公共団体等に通知されて、全国同じ考え方で防災対策を進めるように定められている。基本計画は風水害が法制定の誘因となったことから、その後に発生した昭和43年5月の十勝沖地震による被害状況等や各地域に整備され始めたコンビナート施設に対する安全対策については、全面的な修正が行われた。更に全面修正を余儀なくされたのは平成7 年1 月の阪神・淡路大震災であった。大震災の教訓から、国、公共機関、地方公共団体、事業者等それぞれの役割を一層明確にし、具体的かつ実践的な内容に修正された。後に平成11年9 月のJOC 東海事業所のウラン転換試験棟において発生した臨界事故は新たな教訓を生み、原子力災害対策編の全面修正が行われた。また、新たに原子力災害対策特別措置法が施行され、法に合わせた修正が行われている。</p>

<h3>地域防災計画の見直しは地域性を考慮し、十分に検討</h3>
<p>地域防災計画は地域の災害対策推進の中心であるが、防災基本計画では自然災害として震災、風水害、火山災害、雪害、また海上、航空、鉄道、道路、林野、原子力、危険物、大規模火災等で生ずる事故災害対策を独立した項目に立てている。これらの災害を全て計画として扱うこととなると、広範になり地域住民にとって必要の無い事項も含まれることとなる。小規模な地方公共団体において新たな事項について計画化する場合、得てして通達された内容を理解しないまま計画化する例をみかける。例えば海洋に接しない地方公共団体が津波対策を掲載して避難所の設定や避難路を記載してある例、過去に非常に稀な航空機の空中衝突や列車の正面衝突を経験したために、現在も航空災害や鉄道災害を計画化してある例、原子力発電所が管内に無くても計画を持つ例など、通達や要領をそのまま準拠し地域性を考慮しないために生ずる矛盾や発生が稀な事故を想定して計画するために現実と遊離することがある。</p>
<p>毎年地域防災計画を見直すことになっているが、軽微な事項については防災会議に掛けなくても良いことから、次第に数年開催しないことを常とする団体も見受けられる。新たな計画掲載事項は関係する部局が意見を交わし、十分に検討する時間を設け、責任と方法を明確にする内容にまとめることが防災会議担当事務局に課せられている。</p>

<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学環境防災学部客員</big></dd>
<dd>1937年静岡市に生まれる。61年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96 年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部。理学博士。<br />
<br />
中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡県講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。<br />
<br />
著書に『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など。 </dd>
</dl>
<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/200810_vol04.html">bside2008年10月号［Vol.4］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>]]>
        
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    <title>【第3回】地域防災計画ができた歴史を振り返ってみる</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webside.jp/column/contents01/003.html" />
    <id>tag:www.webside.jp,2010:/column/contents01//9.54</id>

    <published>2010-07-04T09:12:44Z</published>
    <updated>2010-07-06T02:45:50Z</updated>

    <summary>地域防災計画は安全な社会をつくる必携の書 地域防災計画を防災の憲法だと言う人がいるが、日本国憲法を読み通した人は極めて少ないだろう。ことほどさように自...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webside.jp/column/contents01/">
        <![CDATA[<h3>地域防災計画は安全な社会をつくる必携の書</h3>
<p>地域防災計画を防災の憲法だと言う人がいるが、日本国憲法を読み通した人は極めて少ないだろう。ことほどさように自分の街の地域防災計画を読む人は少なく、防災業務にたずさわっていなければ計画の存在すら知らない。防災計画は過去の多くの被災体験から私たちの社会が学んできたものの結晶であり、安全な社会をつくるための必携の書と捉えてほしい。</p>

<h3>戦争と災害で荒廃した戦後日本の国土</h3>
<p>古く昭和10年代後半、太平洋戦争も末期に近づき、我が国は兵器の調達のために全国の山林で伐採が行われ、さらに米軍機による爆撃も重なり、国土はひどく荒廃した。昭和20年に終戦を迎えた後、枕崎台風、三河地震、南海地震、カスリン台風、福井地震など自然災害が立て続けに起こり、対策が後手に回ったこともあって多数の死者と経済的な損失を負った。当時は災害に対する法律や制度は一本化されておらず、所轄省庁もばらばらで責任の所在も不明確であった。</p>
<p>昭和21年の南海地震では、家屋の倒壊、延焼火災、津波などにより1432 人の死者が発生、この災害を契機に災害救助法が成立して現在も応急対応の重要な基準として運用されている。その後、昭和27年になって十勝沖地震が発生、105 億円余という損害の大きさに驚愕した全国知事会は災害対策調査委員会を設置して従来の防災行政について検討した。検討結果は非常災害対策法要綱として関係方面に配布され、災害対策の基本的な方針として全国の自治体に普及していった。その後しばらくは災害対策に関わる法律制定などの動きはなかった。</p>
<h3>伊勢湾台風被害に対する「人災である」との批判</h3>
<p>昭和34年9月26日、台風15号（929・5hPa） は伊勢湾の西側を通過し、死者・行方不明者5041人、家屋の全壊・流出4万841戸、被害総額5000億円を超える戦後最大の被害を発生させた。伊勢湾台風の勢力やコースは確かに最悪だったが、都市開発に際して防災上の配慮を欠き、水防体制が整備されておらず、警報の伝達指示が適切を欠くなど人災であるとの世論の批判が高まった。こうした状況下で防災に関する法律の制定が必須と考えられ、立法化の動きが急激に高まる。気象庁は気象審議会、行政管理庁は行政審議会を設置、内閣府も世論調査を行うなど行政内部でも制定への動きが見られた。</p>
<p>内閣審議会が中心になって「災害対策の整備に関する法律案」が昭和35年1月にまとめられたが、この法律案では各省庁の意見が整わず、幾多の手直しと紆余曲折を経て5か月後に「災害対策の整備及び推進に関する法律案」となった。一方、自治省も独自の「防災基本法案」（11章83条）、自由民主党も翌年1月に「防災基本法案」（11章134条）を提案した。36年4月に各省庁会議が開かれ、調整を経て自民党の「防災基本法案」への一本化が図られた。災害対策基本法案は36年5月に国会に提案され廃案、同年9 月に再提案され10月に可決成立し、37年7月に施行となった。</p>
<h3>防災担当者に求められる地域防災計画管理の覚悟</h3>
<p>法律の第1条目的に、国民の生命、身体及び財産を災害から保護するため、必要な体制を確立し、各機関の責任を明確にして、防災計画を作成すると位置づけられている。</p>
<p>このように長い歳月と甚大な被害の経験のうえに成立した地域防災計画である。その管理にあたっては、毎年発生する災害の対応から得た教訓や防災訓練の課題を踏まえ、必ず内容を見直して変更する必要がある。また計画の変更内容について関係機関、相互支援協定先に通知し、住民に広報することを忘れてはならない。これらは、安全な社会のための必携の書「地域防災計画」に向き合う防災担当者に求められる当然の姿勢である。</p>
<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学環境防災学部客員</big></dd>
<dd>1937年静岡市に生まれる。61 年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92 年より防災局長。96 年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部。理学博士。<br />
<br />
中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡県講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。<br />
<br />
著書に『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など。 </dd>
</dl>
<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/200807_vol03.html">bside2008年7月号［Vol.3］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>【第2回】防災計画策定の基本は被害想定</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webside.jp/column/contents01/002.html" />
    <id>tag:www.webside.jp,2010:/column/contents01//9.53</id>

    <published>2010-07-04T08:55:26Z</published>
    <updated>2010-07-06T02:46:50Z</updated>

    <summary>地域防災計画の目的は住民の生命と財産を守ること 地域防災計画の策定や改定にあたっては、地域住民の生命と財産を守ることが目的であることを忘れてはならない...</summary>
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        <name>admin</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webside.jp/column/contents01/">
        <![CDATA[<h3>地域防災計画の目的は住民の生命と財産を守ること</h3>
<p>地域防災計画の策定や改定にあたっては、地域住民の生命と財産を守ることが目的であることを忘れてはならない。ともすれば枝葉末節な事項にとらわれて肝心な住民の安全が疎かになり、対応がとれない内容となってしまっては元も子もない。実際の作業を通じても、この目的を絶えず確認しておきたい。そのうえで今回は、防災計画策定の基本となる被害想定についてポイントをまとめてみた。</p>
<p>災害は地域の地形地質によって発生の種類が変わる。集中豪雨を例にとると、上流域においては土石流やがけ崩れ、中下流域で破堤による湛水や内水氾濫、河口付近では潮位の影響を受けて湛水するなど災害の形が変わる。ややもすると管内を同じ計画で扱いがちであるが、河川の例を挙げるまでもなく、さまざまな条件によって災害が示す姿はまったく異なるものになることを理解してほしい。</p>
<h3>過去の災害記録には大いに学ぶところあり</h3>
<p><img alt="イラスト：過去の災害イメージ" src="http://www.webside.jp/column/contents01/img/002.jpg" width="229" height="361" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />次に大切なのは、地域において過去どのような災害が発生したかについて調べておくことである。同じ災害が繰り返し起こることは古くから伝えられ、家床の高さや人工林などにその意味が込められている地域もある。沿岸地域では高波や高潮などによる災害を経験するが、津波がどこまで浸水し、その痕跡があるかも調べておきたい。古文書などの資料としては、地域の神社や寺院の日記、郡史や村史の類、家督の記録や旅行記など多く存在する。ただし、災害の発生から時間が経過すると、伝聞や孫引きなどによって信憑性に疑問が残る書物が現れることがあり、すべてを信頼して地域の被害を組み立てるのは危険である。</p>
<p>伊豆半島南端の津波被害状況を知るために、地元の自治体では『下田日記（川路聖謨・かわじとしあきら）』『下田の栞・しもだのしおり』『豆州下田表地震津浪実記・ずしゅうしもだおもてじしんつなみじっき』『日本渡航記（ゴンチャロフ）』『大津波に付頂戴物見舞其他扣・おおつなみにつきちょうだいものみまいそのたひかえ』『加茂郡安良里村沿革・かもぐんあらりむらえんかく』などの資料を集めた。これらの資料から現在の市街地のどの辺りまで浸水したかを電柱に標高表示をし、さらに避難場所を選定する資料として当時の津波浸水図を利用した。先人が現地に残した「いしぶみ」も重要な資料となることがあるので、現存していれば内容を調べる必要がある。</p>
<p>河川災害では過去発生した洪水によってどの辺りの堤防が切れ、水位がどれくらい上昇したか、また何日ぐらい湛水していたかなどの記録が資料になる。地域に洪水時の痕跡が残されていれば対策計画を立てやすく、住民も避難行動の必要性を理解しやすい。</p>
<p>富士川中流で山梨県と静岡県の境界にある白鳥山は、宝永東海地震と安政東海地震の２回、東斜面の大崩壊を経験した。ここには、土砂に巻き込まれた住民を悼む石碑が残されている。このほかにも『富士郡史』『富士郡五貫島村富士川覚書・ふじぐんごかんじまむらふじかわおぼえがき』『狩宿井出家文書・かりやどいでけぶんしょ』『袖日記』などが重要な対策資料として利用されている。</p>
<h3>被害想定は平均的な結果を使う</h3>
<p>基礎資料の収集にめどがつけば、これらを基に災害発生モデルの構築が可能になる。同じメカニズムの災害であっても、発生時の状況が異なると結果も大きく変わる。気象や時刻、想定地の地盤地質、建物の種類や建築年度、家屋の密集度、定住する人口数と年齢構成、防災力などから被害の様相は変化する。</p>
<p>最悪で極限の被害想定を見かけることがあるが、注意すべきである。あまりにきびしく被害想定を受け止めてしまうと、十分な対応策が見つからない恐れがあり、被害想定としては実現性の乏しいものになってしまう懸念があるからだ。対策計画策定のうえからは、あくまでも平均的な被害想定結果を使い、総合的に関連をもたせた計画内容にまとめるようにしたい。</p>
<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学環境防災学部客員</big></dd>
<dd>1937年静岡市に生まれる。61 年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92 年より防災局長。96 年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部。理学博士。<br />
<br />
中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡県講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。<br />
<br />
著書に『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など。 </dd>
</dl>

<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/200804_vol02.html">bside2008年4月号［Vol.2］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>
]]>
        
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    <title>【第1回】「平成の大合併」と地域防災計画</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webside.jp/column/contents01/001.html" />
    <id>tag:www.webside.jp,2010:/column/contents01//9.52</id>

    <published>2010-07-04T08:36:17Z</published>
    <updated>2010-07-06T02:48:06Z</updated>

    <summary>「平成の大合併」の内実とは 自治体の財政難を背景に、行政能力の強化を目的として「平成の大合併」が進められた。古くは明治22年の市町村制への移行（「明治...</summary>
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        <name>admin</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webside.jp/column/contents01/">
        <![CDATA[<h3>「平成の大合併」の内実とは</h3>
<p>自治体の財政難を背景に、行政能力の強化を目的として「平成の大合併」が進められた。古くは明治22年の市町村制への移行（「明治の大合併」）、さらに昭和28年から31年にかけての「昭和の大合併」があった。そして今回の平成17年までに行われた「平成の大合併」は行政改革とともに、人口1万人以下の自治体をなくすことが目標とされた。</p>
<p>平成11年に3,232あった市町村は18年3月現在1,821（市777、町村1,044）に再編成された。確かに合併の影響で人口1万人未満の町村は半減したものの、その内実は厳しい。平成17年国政調査によれば、合併前後の同じ領域で5年前との人口の増減をみると、人口が減少した市町村が全体の7割を占めることとなった。65歳以上の総人口に対する比率（高齢者人口比率）は19.5％となり、多くの市町村では領域内の人口の減少と高齢化が進行して、災害時には幼児、障害者、外国人を含めた要援護者への支援体制が新たな課題となった。</p>
<h3>防災行政面でも広がる地域間格差</h3>
<p>地方分権時代の到来ということで、地方自治体は自らの判断と責任のもとに、地域の特性を生かした個性豊かで活力の満ちたまちづくりの実現が強く期待されている。また、市民生活においても多様な行政ニーズが求められ、自治体の財政状況はかつてない厳しさに直面し、より一層効率的な行政運営と強固な財政基盤を求められることとなった。</p>
<p>大都市では人口や産業が集中し、行政需要が多くなり市民生活にかかわり合いの多い社会福祉、保健衛生、都市計画の決定などの事務に加え、知事の持っている許認可などの業務が移行され規模が拡大してきている。一方、人口が1万人以下の小規模自治体では人口が減少し、地方税収入が減少して財政規模が小さくなり、総合的な行政サービスを続けることが難しくなっている。防災行政の面でも大都市と小規模自治体の格差が拡大し、小規模自治体が合併しても新しい自治体の中心から離れた周辺部となると、定住化率が下がって自主的な防災組織の運営も難しくなっているところがでてきた。</p>
<h3>合併後に噴出する多くの課題</h3>
<p>合併により自治体の面積が拡大したことにより、危機管理体制を一律に保つことが難しくなった。例えば住民へ情報を一斉に伝達する手段として位置づけられている防災無線の同報系は、自治体が固有の周波数を与えられて運用してきたが、合併による周波数の一本化が難しくなっている。いずれアナログからデジタルに変更する際に、統一したシステムを構築することで整備を先に譲るところもある。</p>
<p>その他合併後の本部支部体制の構築、新本部庁舎の建設と施設整備、防災施設整備の統一化、合併前にそれぞれが交わした相互支援協定の更新、避難地や救護所等の再配置、自主防災組織育成の方針など合併によって新たな計画作りが求められている。新たな地域防災計画のあり方とともに、最新技術にかかわる事項についての対応もこれからの課題である。</p>
<p>合併を経ることによって、改めて明らかになった防災行政の課題は数多い。本連載では、合併後に必要になる地域防災計画の改訂作業のポイントを概説しながら、これらの課題解決の糸口を見出していければと思っている。具体的には、事前対策・応急対策・復旧対策の各面について、住民の目線に立った効果的な危機管理のあり方を考えたい。</p>

<dl class="relation">
<dd style="padding-top:10px;"><big><strong>井野盛夫（いの・もりお）</strong></big><br /><big>富士常葉大学環境防災学部客員</big></dd>
<dd>1937年静岡市に生まれる。61年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部長。理学博士。<br />
<br />
中央防災会議専門専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡県講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。<br />
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著書に『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震?東海地震へのアプローチ』『抗震（改版）』（静岡新聞社）『今だから知りたい東海地震』（共著、静岡新聞社）『名水を科学する』（共著、技報堂）『地震予知がわかる本』（共著、オーム社）『地域防災計画の実務』（共著、鹿島出版）『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』（共著、清文社）など </dd>
</dl>

<p class="mid">※本稿は<a href="http://www.webside.jp/bside/200801_vol01.html">bside2008年1月号［Vol.1］</a>に掲載したコラムを再掲載しています。</p>]]>
        
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