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【第10回】2010年チリ地震津波避難からの教訓

2010.07.04

警報が発せられるも、住民の多くが避難せず

気象庁は2月28日午前9時33分、大津波警報を東北地方沿岸、津波警報を太平洋沿岸、注意報を瀬戸内海地域に発表した。それを受けて津波災害が予想された岩手など13道県140市町村、140万人余に避難勧告等が出された。全国的な規模で津波避難行動が取られたのは昭和35年のチリ地震津波以来のことであったが、沿岸自治体の対応はまちまちであった。また、住民も津波危険の認識に差があり行動も極端に異なった。

静岡大学防災総合センターのアンケート結果によれば、大津波の警報(約3メートル以上)が出された岩手、宮城、静岡の沿岸約2キロに住む人の6割以上が避難をしなかったという。指定された場所に避難した人は3県で2.6%、海から離れた人が25・8%、建物内に避難した人が8.2%で、避難行動をしなかったのは実に63.4%であった。一方、総務省消防庁などの調査では、避難指示が発令された岩手、宮城県の住民のうち、避難所に避難したのは岩手で12.2%、宮城では6.5%にとどまったという。なぜ呼びかけに応じなかったのであろうか。

津波危険が予想される地域住民を対象に避難勧告を行ったのは、災対法を根拠とした「災害から住民の命を守る」という重要な役割を地方自治体がもつからである。前日に発生したチリ沿岸地震の規模(M8.9)と震源位置から、一日後には日本沿岸に津波が襲来し災害発生が予測されたため、早くから気象庁が津波の挙動に関する情報を出していた。到達までに時間の余裕があったにもかかわらず、対応が十分でなかったところもあった。

国民の課題は、津波の脅威を再認識すること

一方、地方自治体の長が行政責任を回避しようとして勧告や指示を安易に発令することを防ぐために、自治体には勧告等にかかわる実施責任者、避難所などの公表が求められている。緊急のため事務手続きが間に合わない場合も予想され、勧告を行った後に公表することも認められている。今回の津波避難を契機に、地域防災計画にある避難対象地域、避難者収容施設などについて見直し、避難のルートやその運用方法などもマニュアル化を図る機会と捉えたい。

住民の避難行動が徹底しなかった理由は幾つかある。地球の裏側で発生した地震のため、揺れを感じない津波警報の発令であったことから本能的に恐怖感が伴わなかった。日本海中部地震津波、古くは明治・大正三陸大津波など津波災害の記録が残されているが、津波の恐ろしさについて一般住民の理解は弱い。東北地方で「津波てんでんこ」とは、他人のことを思いやる時間が無いほど遡上速度が速く、生命にかかわる危険な災害であるということを示しているが、伝承を受け継いだのは一部の人達だけであったようだ。その他の沿岸地域においては被災経験が乏しく、津波についての知識がほとんど無いため見物する人もいた。津波の脅威を再認識することが国民的な課題といえる。

一部に警報と注意報、そして指示と勧告の相違を理解していない自治体がある。そうした状況のなかで防災専門用語を使って避難を呼びかけたが、住民そのものが危機状況を認識して行動に移ったのか疑問である。また、気象庁が津波警報の解除を行なわない以前に、第一波が小さかったため最大波到達以前に避難を解除した自治体が多かった。行政としては人命にかかわることであり、解除する理由を明確に説明する必要がある。また、警報を受けて国道、JR、JH などが危機回避のために運行停止や利用規制を行なったため、浸水予想地域を避けて車両が山側に回り大混乱が発生した。行政の自主的な判断は非常に危険であり、公的機関の連携の悪さから思わぬ混乱を招き、防災行政への信頼を失わせることにもなる。今回の津波避難を教訓に、自治体自体も災害事例を収集して対応のシミュレーションを重ね、住民には知識と行動について徹底した啓発をしていくことが必要であろう。

井野盛夫(いの・もりお)
富士常葉大学環境防災学部客員
1937年静岡市に生まれる。61年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96 年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部。理学博士。

中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡県講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。

著書に『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震(改版)』(静岡新聞社)『今だから知りたい東海地震』(共著、静岡新聞社)『名水を科学する』(共著、技報堂)『地震予知がわかる本』(共著、オーム社)『地域防災計画の実務』(共著、鹿島出版)『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』(共著、清文社)など。

※本稿はbside2010年4月号[Vol.10]に掲載したコラムを再掲載しています。