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【第9回】駿河湾地震の教訓は

2010.07.04

県や国はどう行動したのか

昭和51年夏に駿河湾を震源とする巨大地震発生の危険性を一学者から指摘され、それに対応するため地元静岡県では新たな防災対策を緊急に整備することとなった。また、国も研究半ばであった地震予知を前提とした大規模地震対策特別措置法を制定した。その後現在まで駿河湾を震源とする想定地震は発生していないが、北海道や東北、北陸、近畿、九州など各地で人的・物的被害が発生している。特に平成7年の阪神・淡路大震災はそれまでの地震対策の考え方を変える被害となったため、大学や研究機関による研究調査も積極的に進められ、幅広い幾多の災害資料がまとめられた。地震防災対策強化地域に指定された行政と住民は、大震災を教訓に住宅の耐震化や家具の固定、食料や飲料水の備蓄、そして毎年数回の訓練などを実施している。

行政と住民が恒例の総合防災訓練を控えた平成21年8月11日(月)午前5時過ぎ、マグニチュード6.5の地震が駿河湾中部海域を震源として発生した。この地震に対する対応を行政資料から、地震ドキュメント風に整理してみると次の通りである。

JR東海午前5時07分の地震発生後、中部電力浜岡発電所4、5号機が自動停止、静岡県災害警備本部が設置され、JR東海は静岡県内の列車の運転を見合わせた。同時刻消防庁は災害対策本部を設置。5時10分静岡県と伊豆諸島に津波注意報が発令(7時13分解除)、首相官邸対策室は内閣府災害対策室を設置。防災関係省庁は災害対策本部を設置。5時15分静岡県内東名高速道路全線交通止め。5時30分静岡県は災害対策本部を設置。5時45分県知事から消防庁に緊急消防援助隊の出動要請。6時00分静岡県災害対策本部第1回本部員会議が開催され、県知事が県民に落ちついて行動するように呼びかける。6時15分全国知事会は災害対策都道府県連絡本部を設置。6時45分気象庁会見、地震の発生状況説明。7時15分東海地震との関連性を調査中との東海地震観測情報(制定後初)の発表。9時10分地震防災対策強化地域判定会打合せ会を開催し、関連調査を継続している旨の東海地震観測情報(第2号)を発表。11時20分観測情報第3号で東海地震との関連性を否定。

東海地震の想定震源域で発生した地震により駿河湾西沿岸の焼津市、御前崎市、牧之原市、対岸の伊豆市で震度6弱となり、県下一円に震度5弱以上の揺れを感じた。地震による被害(18日16時締め)は死者1名、負傷者180名、住家の半壊3棟、一部損壊6345棟、火災3件であったが、それは1都4県に及ぶものであった。

応急対策活動要領に基づく貴重な検証の機会

地震発生40分後、静岡県知事から消防庁長官に対して緊急消防援助隊の支援要請が行われ、東京都他2県から航空部隊3隊、陸上部隊3隊が出動し、長野他2県の警察航空隊ヘリも直ちに情報収集活動を実施した。通信関係に被害が無かったため、国の東海地震応急対策活動要領に沿った行動は素早かったといえる。これら職員の招集、出動、調査、報告など一連の行動は、組織内の行動計画に基づいて行われたが、地方はこうした活動を他組織のことと傍観してはならない。地震に襲われた後まずどのような行動を取ったか、被害状況をどのような方法で入手したか、自主防災組織は計画通り行動したのか、観測情報を入手した後に状況が悪化した時の行動など、今一度行動マニュアルを地震ドキュメントに合わせて見直す必要がある。こうした応急対策活動要領に基づく検証の機会はめったに訪れるものではない。

井野盛夫(いの・もりお)
富士常葉大学環境防災学部客員
1937年静岡市に生まれる。61年東京教育大学卒業後、静岡県職員に採用される。工業用水道課、水資源課、地震対策課長を経て92年より防災局長。96 年より静岡県防災情報研究所長。2000年より富士常葉大学環境防災学部。理学博士。

中央防災会議専門委員、地震調査研究推進本部専門委員、静岡県立大学客員教授、兵庫教育大学講師、静岡県講師などを歴任。97年国土庁長官防災功績者表彰。

著書に『こうすれば東海地震はこわくない』『抗震-東海地震へのアプローチ』『抗震(改版)』(静岡新聞社)『今だから知りたい東海地震』(共著、静岡新聞社)『名水を科学する』(共著、技報堂)『地震予知がわかる本』(共著、オーム社)『地域防災計画の実務』(共著、鹿島出版)『東海地震いつ来るなぜ来るどう備える』(共著、清文社)など。

※本稿はbside2010年1月号[Vol.9]に掲載したコラムを再掲載しています。